上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2014.08.12 台風
久尾は先日の台風12号による大雨からずっと雨が降り続き
さらに台風11号の追い打ちがやってきた。

台風の速度は遅く、到来前日は
「まだ来ないねえ。さっさときてくれ。」
なんて言っていた。

夜になって風が強くなってきたのだけど
いつもの台風と変わらなそうなのでそのまま寝てしまった。

そして、翌日。
ドーンという大きな音で目が覚めた。



家の西側から聞こえた大音を確認するため
台所の窓を少し開けて様子を伺った。
家の裏の竹林から大きな孟宗竹が家と車の間に倒れ込んできていた。
もし家でも車でもあたっていれば無事ではなかっただろう。

だいぶ雨が降ったようなので川を確認するために
南の雨戸をあけてみると

DSCF0968.jpeg
我が家とお隣さんちをつなぐ橋に丸太が引っ掛かり
その上をカフェオレが轟々と流れていた。

すげー。。。
とみていると、息子があわてて僕のもとにやって来た。

「パパ、水が出ないよ!」

原因はわからないがどうやら断水したようだ。
そういえば今回は水の備蓄はしていなかった。
困ったな。

とりあえず暴風雨の中をパンツ一丁で
雨どいからあふれた雨水を大きな容器で受けおいた。

この後30分ほどで暴風雨が治まってきたので
車で外の様子を見に行くことにした。

DSCF0965.jpeg
野根川・・・

DSCF0967.jpeg
DSCF0966.jpeg
川は氾濫し


DSCF0964.jpeg
うちの畑とその隣の畑3枚が川の一部になっていた。
1M以上あるオクラしかみえない。
防獣ネットは巻きこんだ水に流されていた。

お隣さんから昔大水で川端の畑のうち1枚が冠水したという話は聞いていたので、
それくらいは覚悟していたが、ここまでとは。。。

とりあえず断水した事を部落長の蔭田さんに伝えておこうと車を進めたが
倒木があり進めなかったので引き返した。

家に帰ってしばらくすると次は停電。
僕は欧米人みたいに肩をすくめた。

しばらくするとまだ風はあったが晴れ間が見えてきたので
合羽とヘルメットを着て徒歩で蔭田さんの家まで歩いて行った。

途中の道路は、川のように水が流れた形跡があった。
蔭田さんは外で片づけをしていた。

小さな谷に大水が流れ
木などが引っ掛かってせき止められ
道路に水が氾濫したそうで
蔭田商店の中に水が入り込んでしまったらしい。

こちらも同じく断水しているらしく、
午後に水源を見に行こうという話になった。

僕はこの後水の引いた畑に行って
ネットやら防鳥糸やらを片付けた。

DSCF1868.jpeg
倒された大豆

DSCF1869.jpeg
と黒豆

DSCF1874.jpeg
オクラは台風が来る前に支柱にくくりつけたので何とか立っている。

片付けが終わり家に帰ろうと歩いていると
蔭田さんが車でやって来た。
水源を見に行くのだ。
思ったより時間がかかったようでもうお昼になっていたのだ。

水源への道のりは
川のようになった道路を進んで行った。
側溝がつまって道路に氾濫していた。
詰まった部分を取り除きながら進んで行った。

水源は異常なし。
細かい砂を抜く作業をして
帰りに中継の水槽を見て回った。

3つ目の水槽の水位が減っていた。
出水のメーターはくるくると勢いよく回っていた。
どこかで漏れているという事なのか。

そして集落まで降りてきたとき
濁流の野根川を切れた水道管が泳いでいるのをみつけた。

DSCF1878.jpeg
(写真は翌日のもの)

これは断水するね。。。
復旧しようにもこの濁流ではどうすることもできない。
水が引くのを待ってからの修理になる。
当面断水は続くという事がわかった。

帰りに蔭田さんから、
僕の住んでいる家の家主さんは
昔家の裏の山から染み出る水を生活水として使っていた
という話を教えていただいた。

早速やってみようと家に帰ると。。。

DSCF1876.jpeg
おお?

DSCF1877.jpeg
おおっ!!

既にうるずがやっていたwww

ありったけの漬物樽とペットボトルに水が入れられていた。

うるず「水が出てこなくなる前に貯めとこうと思って。」

その機転の良さに脱帽した。
妻は賢くあるべきだな!
賢妻を持った僕はラッキーだ。

昼食はうるずの手作りトマトソースのスパゲッティ。
うるずは家の裏の水路で洗い物をしていた。

うるず「雨水だけだからきれいだよ。」

いちいちうるずのサバイバル技術の高さに驚く。


一休みしてから家族全員で倒れた大豆を起こしに行った。
雨が止んですぐに水が引いたし
冠水した時間が短かったようで倒れてはいたが作物は結構元気だった。
根の露出した大豆を一本ずつ土を持って起こしていく。
DSCF1873.jpeg

作付していない隣の水田には砂が大量に流れ込み砂浜と化していた。
DSCF1870.jpeg
畑仕事に飽きた子供たちはこんな時でも平常運転。
たくましい。

DSCF1872.jpeg
そんなこんなで救済完了。
倒れてしまった粟は雑草と区別がつかなくなってしまって
(というか面倒くさくて)そのまま放置。

やれるだけのことはやった。
後は頑張れ!

DSCF1880.jpeg
海陽町役場の方と社協の災害福祉ボランティアの方から
水の差し入れをいただいた。
自分たちの力で生き残ると覚悟していたので
不意の支援がとてもありがたかった。
ペットボトルの水は煮沸しなくても飲めるので最後に取っておこう。

停電しているので暗くなる前に夕食を済まし蚊帳を張った。
暗闇の中家族で話をした。
中学校の頃のキャンプを思い出した。

今夜は月が一番大きく見える
エキストラスーパームーン
という日らしく、息子はそれを見たいと頑張って起きていたが睡魔に負けてしまった。

8時ごろうるずといっしょに外に出てそのなんちゃらムーンを眺めた。
眩しかった。
東にある月は西の空の雲まで照らしていた。
空気が澄んでいたのでとてもきれいだった。
その後、朝から全速力だったのでうとうとと眠りについた。


不意に部屋が明るくなって目が覚めた。
夜の9時半。
電気が復旧したようだ。
冷蔵庫の中のものが悪くなる前に復旧してくれて助かった。
もし明日も停電が続いていたら保存食づくりに奔走していただろう。
ほっと胸をなでおろした。
長い一日だった。



<まとめ>
今回の台風の被害はいろいろ考えさせられるとともに、
大災害に備えてのいい予行演習になった。
そもそも僕たちがここに来たのは、
万一大災害が起きた時にサバイバルできる環境があったからだ。
特に今回は水の調達という点に関して得る部分が大きかった。
冠水する畑をどうするかという課題も出てきた。

電気、ガス、水道。
ライフラインと呼ばれる3つのうちの2つが止まってしまった。
電気に関しては冷凍保存に頼っていた点が反省点だった。
水道はここに関しては、最悪濁流を沈殿濾過することもできるし何とかなる。
トイレもぽっとん式は平常運転。最強だった。
ガスも各戸別にボンベを付けるプロパンガスは災害に強い。


あともうひとつ知らなかったこと
「黒電話」は停電しても使える!
コンセントがないと使えない今の電話って何?w
技術は進歩してるのか退化してるのかわからないな。

黒電話欲しい!
↓ ↓ ↓ ↓ ↓

徳島県 ブログランキングへ
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://qualife.blog.fc2.com/tb.php/124-c387cf9d
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。